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南相馬市に帰省してみた - 2011.09.20 Tue

ご無沙汰してます。inacaです。

プロフィールにもあるように、俺は福島県南相馬市で生まれ育った人間です。
しかし震災のあった3月11日以降、一度も実家はおろか、福島県内にすら入れていませんでした。
行くだけでも大変な費用と時間を要することや、家族から反対されていた、というのが主な理由で。

そのため俺の中では、地元の風景は正月ぐらいのそれまでと何も変わらない時点で止まっていました。

ところがこの度、現地に用事があって、ようやく足を踏み入れることが出来ました。。

というわけで今回は、17~18日と限られた時間ですが、故郷の南相馬市に行って撮ってきた写真を紹介したいと思います。

今さらニュースやネットで散々見たようなものばかりかもしれませんが、これはすべて、inacaが現地に立ってシャッターを切ってきたものです。
よければ御覧ください。







glxgi.jpg

福島駅。
福島県出身とはいえ浜通り(太平洋沿い)に住んでいた自分にはあまり馴染みはない。
これまで帰省する際は常磐線を使ってまっすぐ帰ってこれたのだけど、
常磐線は震災と原発事故で完全に遮断されてしまった。
そのため帰るためには
東京→(新幹線)→福島→(バス)→南相馬市
というルートをとらなくてはならない。
費用は6倍近くになった。

NCM_0183.jpg

福島県南相馬市・原町。
本当に何も無い地元において、比較的わずかに栄えていた町。
原発からは30キロほど、警戒地域。
俺の実家はここから車でほんの30分ほどだが立ち入り禁止区域なので、この駅前のホテルで宿をとった。
震災前の自分はまさかここのホテルに泊まることになるなんて考えたこともなかったな…。

NCM_0189.jpg

常磐線の線路と、停まったまま安置された列車。
今回の帰省で最初に衝撃を受けた光景。
毎日、一時間に一本のこの電車に揺られて高校に通っていたのに…。
常磐線は茨城―福島―宮城の太平洋沿いをつなぐ唯一の路線だったので、それがまるまる使えなくなったというのは大変なことだ。
ましてや田舎では駅から駅の距離も長く、電車がなければ容易に移動することもできない。

NCM_0184.jpg

それでも駅自体はバスの発着所として機能していて、駅員さんも制服で立っている。

NCM_0181.jpg

原町の街中は見渡すかぎりシャッターが降りている店が目立つ。
人もわずかに見かけるが、自分の記憶と比べても明らかに減っている。
高校は現在、校舎は使われておらず、この付近の高校に通っていた生徒は毎朝高速バスに乗ってどこか遠くの高校に通っているらしい。
これでこの地域の経済は回っていけるのだろうか。

NCM_0192.jpg

そうはいっても、地元の人達、特に年配の人はやはりこの地域を離れたくないという考えが強く、
避難区域に設定された地域の人々はギリギリのここ原町に家を借りたり市営住宅に入ったりして残るケースが多いので、それなりに住人はいることになる。
南相馬市役所もこの原町にある。

NCM_0193.jpg

NCM_0195.jpg

NCM_0194.jpg

仮設住宅。
とんでもなく広い敷地にとんでもない数が建っている。それでも、まだまだ足りないらしい。
地震と津波で家を失った人はもちろん、俺のように家があるのに原発事故によって帰れない人も、この地域には溢れているのだ。
ネットでは「仮設住宅のクオリティが高い」などと情報が流れて俺もそうなのかなと思っていたが、大ウソだった。
一軒一軒はとても狭くて、壁も薄い。設備の良し悪しもピンキリで抽選なので選ぶこともできない。

NCM_0199.jpg

NCM_0198.jpg

避難指定区域の小学校は、公民館を校舎として使用している。
他県の小学校からの励ましの贈り物が貼り出されていて、感激した。
神奈川や、鹿児島なんて遠くからのものまであった。
それでもやっぱり転校していった児童も少なくないらしい。

NCM_0204.jpg

NCM_0202.jpg

NCM_0203.jpg

実家に向かって南下していくと、津波が押し寄せた地域に差し掛かった。
海も見えないような陸地に、流されて来た漁船があちこちひっくり返っている様は本当にシュール。
その場に立っていてもまったく現実味がしない。
もう半年もたつというのに潮のにおいがたちこめ、草が生い茂っている。


NCM_0214.jpg

NCM_0206.jpg

NCM_0209.jpg

まったく何も無い平原。本当になんにもない。
しかしここは本来、立派な家が何軒も建っていたのだ。そんな面影は全く無い。
開いた口がしばらく塞がらなかった。
なんとか形だけ残った廃墟は、自分の背丈の倍はあるような高さまで水に浸かった跡がある。
これだけ周りに何も無い空間なのにそんな高さまで水かさがあったというのを想像して身震いした。

「津波に飲まれたのは認識が甘いから」なんて意見もよく聞くが、こうして現場に立ってそれは違うと思った。
はるか遠くにうっすら見える水平線から、こんなところまで水が襲ってきてすべて飲み込んでいくなんて、想像できるわけがない。

NCM_0212.jpg

老人ホーム。
逃げ切れずに多くの入居者が亡くなったそうだ。
身体も自由が効かずただ波に飲まれていく。
どんなに怖かったろうかと思うと涙が出た。


NCM_0216.jpg

さらに実家へ向かい進む。
そして直面した現実。

立ち入り禁止区域。
原発までは20キロ。


この先、ほんの10キロくらいに俺の生まれ育った町が、そして家がある。
だけどこれ以上は何者も通ることはできないのだ。
わかってはいたけれど、こんなに悔しいことがあるだろうか。
暫くの間、その向こうに広がる記憶の中の景色を思い描きながらただただ立ち尽くした。




この2日間、生まれた町にこそ入れなかったけど、ずっと気がかりだった南相馬市の様子をこの目で見ることができてよかった。
ようやく俺の中で震災と原発事故が「現実」になった気がする。
滞在している間、放射能を常に意識してしまっている自分に気づいた。
いくら普段遠く離れたところで「放射能なんざ気にしねえ」なんて言ってても、いざ現地に行ったら頭のスミに常に放射能のことがあった。
俺が晴れ晴れとした気持ちで、再び生まれ育った家に帰ることが出来るのはいったいどれだけ先の話なんだろうか…。


以上、地元出身の人間がつたない文章と写真で南相馬市の様子をお届けしました。

変に感情を煽るつもりはないけれど、何か感じてもらえたら嬉しいですお( ^ω^)

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